24ビットのオーディオデータは、ダイナミックレンジが約140デシベルにもなるので、最小レベルは熱雑音に埋もれてしまうほど微弱です。したがって、下位の数ビットは無意味かもしれません。いっぽう、音を支配する上位の16ビット部分が完璧かといえば、かなり怪しいのではないでしょうか。そういう状況でも、ブラックボック化されたD/Aコンバーター(以下DAC)チップの中味を知ることはできず、デジタルオーディオは核心部分が手の届かない闇のなかにあって、アナログのように細部の構造やパーツまで吟味。納得して装置を整えることができません。
そういう不満から、原理的にはローパスフィルターを通すだけでアナログ信号に変換できるパルス密度変調方式を採用するDSD方式のデジタルオーディオに注目しました。なぜなら、ICチップを使わずに済むので、真空管アンプと同じようにすべてを掌握できるからです。CDなどのPCMデータも、DSDに変換すればすべてICチップなしで再生できます。そこで、まずは手っ取り早く出来るものを作ってみることにしました。
写真のようにバラック作りのブレッドボード機ですが、オリジナルのDACから音が出るようになりました。まずは動作原理の確認用にと急ごしらえしたもので、見てのとおり、音質や性能を評価できるレベルではありません。DSDファイルの再生ソフトにはWindowsパソコン上のfoobar2000を用いました。USB接続のDoPでラトックシステム製のデジタル信号処理基板DSDHA2(右手前)にデータを送り、L、RそれぞれのDSD信号に戻します。その信号をRCによる6dB/octの簡素なローパスフィルター(右奥)で前処理してから、ECC99による作動増幅回路(中央奥)で増幅するという構成です。ローパスフィルターの基板(右奥)にはICチップのDACも取り付けてありますが、これは比較用で普段は使いません。
外部ローパスフィルターによるD/A変換回路(比較に用いたPCM1794チップ付き)
なによりも、話ばかりが先行しているDACチップを使わず、外部のパッシブフィルターによるDSD再生の素性を知ることが最大の関心事でした。結果はノイズが多く、素朴で物足りない音でしたが、多くのオーディオ愛好家が難儀しているデジタル再生の不自然さが少ないという面もありました。そこで、その良さを生かしつつ、満足できる音質のDACが出来ないかというテーマで、もっと本格的な試作機を開発してみることにしました。つまり、「外部ローパスフィルターによるDSD用DACには可能性があると判断した」ということです。
その後、精度の高いDSDデータならパッシブフィルターでも良好な音質が得られるものの、大半のDSD音源はデータ自体に問題があり、特にPCMからDSDへの変換が不完全であることがわかりました。詳細については次の試作2号機で実験しましたので、次の記事
「オリジナルDAC開発2」を読んでみてください。
双3極管ECC99を2本用いたバッファー差動アンプ
試作1号機を作る過程で、以下の2項目について別途実験を行ないましたが、結果が悪かったので採用しませんでした。
・DSD信号をデジタルのまま増幅し、アナログ増幅なしで大出力を得る。
・パッシブフィルターとしてトランスを用いる。
「DSD信号をデジタルのまま増幅し、アナログ増幅なしで大出力を得る」という意味は、ロジックICの 3 V 程度のDSDデジタル信号を、50 V といった電圧までデジタルのまま拡大し、フィルターを通すことでいきなりスピーカーを駆動したり、そこまで行かなくても出力管をドライブしたりといった、DACとデジタルアンプを一体にするアイデアです。究極にシンプルな回路構成にできるという目論見でしたが、ノイズを誘導しやすく、良い音質が得られませんでした。
パッシブフィルターで高周波をカットするだけでアナログ音声信号になるということは、デジタルであってもDSD信号の生の波形に含まれている情報を音声として聞くので、アナログと同じように誘導などの外乱を受けやすいという、当たり前のことを確認しただけでした。さらに、なんとそのデジタル昇圧回路をレーダー用の真空管で行い、デジタル回路まで真空管化するという無謀な挑戦もしましたが、当然失敗しました。
パッシブフィルターをトランスに置き換えるという実験も、ノイズの多いぼやけた音で失敗でした。やはり、方形波を低周波トランスに入力するなどということをしてはいけません。ちょっと考えれば当たり前のことですが、ついつい夢中になってバカな実験をやってしまいました。結局フィルターは抵抗とコンデンサによるオクターブ当たり -6 dB という最も単純な構成にしました。
2015年5月、2016年3月