2015年12月
今年の5月ごろ、久しぶりに新品の本格的なオーディオ製品を購入した。SONYのハードディスク内蔵ネットワークプレーヤーであるHAP-Z1ESのことだ。届いたダンボールはずっしりと重く、いかにも「高級家電品在中」という感じがした。なにしろヴィンテージオーディオにどっぷりなので、そういう立派な品物を電器店で買ったのは、3年前のシャープ製オーブンレンジ「ヘルシア」以来だ。毎年のように新品のUSB DACを購入してはいるが、それらは小さくて軽く、すぐにリスニングルームに山とある機器に埋もれて行方不明になるので、「買った」という感慨がわかない。それにひきかえ、オーディオコンポーネントの伝統である厚いアルミのフロントパネルをもつHAP-Z1ESは、なかなかの存在感だ。
わたしは第二次大戦前後に作られたスピーカーを使用しているので、アナログ一辺倒かと思いきや、ソースが豊富なCDがほとんどだ。どんな高級なCDプレーヤーも、少なくともデジタルデータを読み出す部分においては、PlexWriter Premium2というCD-RWドライブでのリッピングよりも優れてはいないので、パソコンで音楽ファイルを再生してDACでアナログ信号に変換して聴くことにしている。ファイルの再生には、最近流行りのVolumioを「ラズベリーパイ(Raspberry Pi)」にインストールして使っている。「ラズベリーパイ」は、イギリスの「ラズベリー財団」が、「途上国も含めた世界中で、あまねくパソコンを使った教育が受けられるように」と、開発・供給している超小型パソコンである。「ラズベリーパイ」の本体はわずか50 gほどで、14.5 kg もあるHAP-Z1ESの1/300しかなく、存在感とか高級感とは無縁の機器だ。
もうひとつ、HAP-Z1ESとほぼ同時期に購入したDACがある。やはりイギリスのiFi Audioのmicro iDSDだ。8万円弱という購入価格はHAP-Z1ESの半額以下だが、重さは300 g 弱しかないので、100 g 当たりの単価はmicro iDSDが20倍も高い。2000年に没した偉大なる実践的オーディオ評論家であった長岡鉄男氏の影響で、「とにかく重いオーディオ機器が優れている」と大勢が信じていた昔なら、「漬物石でも入っているのか?」と思うほど重いHAP-Z1ESが絶賛され、iDSDなど門前払いだったかもしれない。だが、ラズベリーパイに3TバイトのUSB外付けハードディスクを接続し、micro iDSDと組み合わせてネットワークプレーヤーを構成すると、わずか 1.3 kg で済むのにスペックではHAP-Z1ESを上回ってしまう。コンピューターに詳しい人だけが安くて高性能な機器の組み合わせ使えるという、オーディオ版デジタルディバイドといえるかもしれない。
比較項目 | SONY HAP-Z1ES | micro iDSD + Raspberry Pi 2 + 3T HDD |
重さ | 14.5 kg | 1.3 kg |
PCM最高クロック | 192 kHz | 384 kHz |
DSD最高クロック | 5.6 MHz | 11.2 MHz |
データ保存容量 | 1T | 3T |
micro iDSDを購入したのは、最新スペックのDSD対応DACであることと、バッテリーで動作することだ。わたしが最初に買ったCDプレーヤーは、1980年代末ごろのパナソニックのポータブルタイプで、当時の据置型CDプレーヤーよりも音が自然に感じられたので選んだことを思い出し、「このmicro iDSDにも同じ良さがあれば」と期待した。PCMで 384 kHz、DSDで 11.2 MHzという高スペックは、活かす音源を持たないので無駄だが、バッテリー動作時の音質向上と「最新のチップを余計な付加回路を付けずにシンプルに使っている」という良さは、多くの優れたポータブル機器と同様にあると思う。
我が家で好成績だったので、オイロダインを使っている知り合いなどに薦めたところ、何人かが購入した。もっと安いnano iDSDでも良いのでは、とそちらを買ってもらったところ、やはり44.1 kHzのCDデータ中心ではnanoと大差ないようで、結果的にスピーカーとの価格差100倍のシステムが成立してしまった。ハイレゾブームだが、膨大なCDと比較すれば圧倒的にハイレゾ音源は乏しく、あくまで統計的にだが、データ密度は高いものの演奏内容は低レートで、両者の積和はCDが上回る状態が当面続くと思われる。
重厚超大なHAP-Z1ESと軽薄短小なmicro iDSD
意外に思われるかもしれないが、HAP-Z1ESの厚みのある音よりも、micro iDSDの軽快な音のほうがオイロダインやオイロパといった、クラングフィルムのヴィンテージスピーカーにはマッチした。もちろん、わたしの個人的な印象にすぎない。スピーカーが十分に個性的なので、DACは素っ気ないくらいのほうがいいのかもしれない。それでも、両者を長時間聴いてみると、外観に現れているように音にも仕上げの差があって、HAP-Z1ESの方が好ましい部分も出てきた。たとえば、音のバリをより丁寧に面取りしてあるように感じる。
じつは、HAP-Z1ESを購入したのは、新忠篤氏がプロデュースするDSDフォーマットで復刻された名録音の販売をお手伝いしていて、HAP-Z1ESユーザーからのクレームが多かったため、検証が必要になったからだ。「なーんだ、欲しくて買ったんじゃないんだ」ということになってしまうが、結果として悪い買い物ではなかったと思う。HAP-Z1ESのおかげで、自分の装置が偏りすぎていることを反省し、「DACだけでなく、スピーカーもベストセラー製品を試しに購入してみよう」と考えるようになった。苦手な音が多そうで最新スピーカーは気が進まないが、近いうちにB&Wでも試聴して修行する必要がありそうだ。