【名機紹介4】シュルツ KSP215 / KSP215K SCHULZ

(2008年3月20日)

左がフェライト、右がアルニコの KSP215
左がフェライト、右がアルニコの KSP215

シュルツ(W. Schulz Elektroakustik/Mechanik)は東ベルリンで第二次大戦後の数十年間にわたり、レコーディング・スタジオや放送局のモニター用スピーカーなどを製造していたオーディオ機器メーカーである。プロ用のみであったためにどの機種も製造数が少なく、市場でも見かけることが少ない。エテルナ・レーベルなどで有名なシャルプラッテンも、モニター・スピーカーとしてシュルツを用いていたので、エテルナの優れた音質にシュルツのスピーカーが深くかかわっていたにちがいない。シュルツは独特な構造の大型コアキシャル O18(TH315)で有名だが、KSP 215 も小さいながら風変わりなラッパである。

まず、エッジが発泡ネオプレンゴムである。このようなスポンジ状のエッジは、英ローサー製 PM6 のエッジがボロボロになって痛い目にあった身としては不安であるが、指で押してみると軟らかく、まったく劣化していないように見えるから不思議だ。つぎに、ダブルコーンの中心のボイスコイル・ボビンのところに樹脂性のキャップが接着されていて、ちょうどソフトドーム・ツィーターのようになっている。それらに深緑色の塗装も加わることで、特異な外観になっている。

KSP215 にはアルニコとフェライトのもの(KSP215K)があって、磁石以外の構造や音も若干異なる。アルニコにはコルゲーションが1本あるほか、ドームとなるキャップがボイスコイル・ボビンに接するように接着されている。フェライトにはコルゲーションが無く、キャップは大きめでボイスコイル・ボビンから少し離れたコーン紙に接着されている。フェライトのほうが KSP215 の個性をより強く持っているので、試聴はフェライトで行い、少しだけアルニコと比較してみることにした。

上がフェライト、下の二つがアルニコの KSP215
上がフェライト、下の二つがアルニコの KSP215

■ ディスク1「マーラー/子供の不思議な角笛」
フィッシャー・ディースカウはかなりマイルドで明るい声に聴こえた。最近のナチュラル派をうたうスピーカーで聴く彼の声にもこのような傾向があるが、彼の生演奏を聴いたことがある耳にとっては、テレフンケンのほうがずっと真実に近い声に感じられた。明らかにシュルツのほうが歪みが少ないのだが、歪みが少ないほど原音に近く聞こえるという比例関係は、多くのばあいに成立しない。この解離によって、原音追求が冬の旅になるのである。

ソプラノもじつにきれいだが薄味で、円熟期のシュヴァルツコップの声がずいぶんと可愛らしく聴こえてしまってもの足りなかった。もっと無垢なソプラノなら、チャーミングに聞こえるシュルツの音が似合うことだろう。

いっぽう、伴奏は全般に優れていた。大太鼓はテレフンケンほど量感はないものの、オイロダインのように倍音成分が勝ってトンッと軽くはならず、低くとどろく感じがある程度出ていた。8インチとしては最高の部類だろう。オーケストラの分離は、さすがといえるほどであった。シングルコーンならステレオの定位や分離が必ず良い、というのは誤りである。コーンは複雑な分割振動をしており、定位に大きウエイトを占める中高音ではとくに、音源の位置が複雑になる。10 kHz の波長 3.4 cm に対してコーンは大きく、位相を乱すのに十分だ。シュルツはセンターのドームが有効に機能している印象である。ストリングも見通しが良くてとてもなめらかであったが、ウエットに感じた。

■ ディスク2「モーツァルト/女声歌曲集」
このディスクはシュルツで好ましく聴くことができた。ソプラノの歪はそのままストレートに聴こえたが、清らかさがあって不快ではなかった。箱庭的で狭い印象ではあったが、録音された場所の空間を感じることができた。

■ ディスク3「ヌブー&ハシッドのヴァイオリン」
シュルツはこの古いヴァイオリンの録音には向かないようである。最新の高級なラッパで聴いたときのような、つまらない音であった。

■ ディスク4「ショパン/ノクターン全集」
なにかで「アシュケナージが来日した際にパハマンのSPレコードを探し求めた」というような文章を読んだのだが、出典を忘れてしまって思い出せない。それはあやふやな記憶だが、このノクターン全集を聴くとパハマンの幽幻な演奏とのつながりを感じるのは、二人のファースト・ネームがともにウラジミールだからというわけではないだろう。このディスクの録音は1975年と1985年に行なわれており、その間にはアナログからデジタルへの録音方式の変遷があった。このため、このディスクではアナログ録音とデジタル録音が混在しており、デジタル・リマスターによって音質の差を無くそうと努力してはいるものの、明らかにちがう音に聴き取れる。この音質の差がどのように感じられるか、というところが、このディスクによる試聴の妙味である。

アシュケナージのノクターン全集(SPレコードはパハマンのノクターン)
アシュケナージのノクターン全集(SPレコードはパハマンのノクターン)

ほかのドイツのフルレンジのように、ピアノが特に良く聞こえるラッパではなかった。デジタル録音は冴えた高音が広がることでアナログ録音との差をはっきりと感じた。

■ ディスク5「ムソルグスキー、ラベル/展覧会の絵、ボレロ」
冒頭の拍手はとても自然で、さざ波のように広がる様子が見事に再現された。周波数レンジが広く、すべてのパートをきちんと聞き取れたが、迫力には欠けていた。ステレオ感は最高で、特筆すべき再現性であった。

■ ディスク6「ワルツ・フォー・デビー」
スネアドラムはフルレンジとしては最高で、「これ以上きちんと再生できるユニットは存在しないのでは?」と思うほど優れていた。ベースもきちんと再生されたが、少しお上品な印象であった。ピアノの音もきれいであったが、もともと人工的に録音されている音像が、定位が明確なせいで不自然さが増してしまったようである。

■ ディスク7「サラ・ボーン&クリフォード・ブラウン」
全体に過不足なく再生し、優等生的だったが、すべてがきれい事になってしまう傾向があった。

KSP215K(フェライト)のラベル
KSP215K(フェライト)のラベル

■■ まとめ ■■
はじめの一音から、普通のラッパとは明らかに異なる印象を受けた。ドイツのフルレンジとは思えない異端児で、その音はスペンドールやセレッションなど、英国のブックシェルフを連想させた。能率は低めで、こちらから聴きに行けばすばらしい音が出ているが、受身では弱い印象の音であった。ヘッドホン的に、近距離で音像に頭を突っ込むようにして聴けば、ものすごい音像定位を味わえた。非常に優れた特性のラッパで、減点法なら最高得点となるのだが、魅力に欠ける面があることも否めない。やはり、まごうかたなきモニター・スピーカーである。

アルニコの音はフェライトを7割、RFT のフルレンジを3割でブレンドした、というような印象であった。f0 が高いこともあって、普通のラッパに近い鳴りっぷりなので、アルニコのほうが使いやすいだろうが、個人的にはより個性的なフェライトを手元に置いておきたいと思う。

もし、目の前で歌うフォークや歌謡曲などの女声ボーカルを、くちびるのウエットささえ感じらるほどに聴くことが目的なら、このラッパを至近距離で使うのが最高の選択かもしれない。おそらく、歌手の声は普通よりも可愛らしく聞こえるであろう。シュルツはまったく同じ作りで5インチ口径の、テープレコーダー内蔵用のモニターも製造したので、聴いてみたいところである。

KSP215K(フェライト)の音圧の周波数分布
KSP215K(フェライト)の音圧の周波数分布

■■ スペック ■■
Ferrite, AlNiCo
1.35 kg, 1.15 kg : Weight : 重量
215 mm, 213 mm : Diameter : 外径
195 mm, 195 mm : Edge diameter : エッジの外径
170 mm, 165 mm : Cone diameter : コーンの外径
93 mm, 110 mm : Depth : 奥行き
56 mm, 68 mm : Depth of basket : バスケットの奥行き
32 mm, 32 mm : Voice coil diameter : ボイスコイルの直径

4.7 ohm, 4.1 ohm : Voice coil DC resistance : ボイスコイルの直流抵抗
40 - 20 kHz (Ferrite) : Frequency range : 実用周波数帯域
48 Hz, 62 Hz : Resonance frequency : f0
Middle low : Efficiency : 能率

■■ 評価 ■■
3 : Amount of bottom frequency : 重低音の量
4 : Amount of low frequency : 低音の量
6 : Amount of high frequency : 高音の量
5 : Amount of top frequency : 最高音の量

5 : Quality of lower frequency : 低音の質
5 : Quality of middle frequency : 中音の質
5 : Quality of higher frequency : 高音の質
6 : Frequency balance : 各音域のバランス

8 : Softness : 音のやわらかさ
5 : Brightness : 音の明るさ
7 : Clearness : 音の透明さ
3 : Reality : 演奏のリアル感
9 : Sound source image : 音像の明瞭さ

4 : Soprano : ソプラノ
3 : Baritone : バリトン
5 : Violin : ヴァイオリン
5 : Piano : ピアノ

5 : Orchestra : オーケストラ
4 : Brass : 金管楽器
5 : Big drum : 大太鼓の重低音
6 : Triangle : トライアングル
7 : Perspective of applause : 拍手の臨場感

6 : Snare drum : スネアドラム
2 : Jazz base : ジャズ・ベース
3 : Jazz vocal : ジャズ・ボーカル

6 : Aptitude for Classic : クラッシックへの適性
2 : Aptitude for Jazz : ジャズへの適性

運営者情報・お問い合わせ

有限会社キャリコ 〒399-4117 長野県駒ヶ根市赤穂497-634 TEL 0265-81-5707
道具商 長野県公安委員会許可第481250500003号

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