【名機紹介0a】まえおきと試聴用ディスク(前半)

(2007年10月〜2020年11月)

リスニング・ルームの向かいにある池の冬景色
リスニング・ルームの向かいにある池の冬景色

 「乱聴録」というタイトルでドイツのヴィンテージスピーカーを聴き比べた様子を書いてから、かれこれ10年以上も経過してしまった。本業が忙しかったりして、ステレオサウンド社の管球王国誌に「クラングフィルムの歴史とドイツの名機たち」という連載を書くのが精一杯でいるうちに、月日が流れてしまった。上の写真は細い道路を挟んでリスニングルームの向かいにある池の冬景色で、ドイツの名機で音楽を聴きながら春には桜と、秋には紅葉と池を眺められる。そうやって聴いたことなどを、以前よりも力を抜いて、もう一度書こうと思う。なお、以前の文章を修正したもの混ざっている。

 「オーディオの真髄は時空を越えた演奏の再現である」とするなら、たとえ古い録音で音質が悪くても演奏が優れていれば、最新優秀録音でも凡庸な演奏より、真剣に再生する必要があるということになる。現在の演奏家は生を聴いて感動しても、レコードではつまらなく感じることが多い。それにひきかえ、個性ある往年の名手の録音には、聴けども尽きぬ魅力がある。故・池田圭氏が特性の悪い古いレコードが「缶詰音楽」と揶揄されていたのを、噛めばかむほど味が出る「乾物音楽」と表現したのは至言だと思う。カール・フレッシュのヴァイオリンなんて、正しくそうだ。

 繰り返し聴くCDをご紹介しておく。古い録音からデジタル録音、そして、少し歪んでいる録音など、なるべく異なる音の側面を聴けるように選んだ。基本的にはリッピングしたファイルを使うことにしている。長いので前半と後半に分けてご紹介させていただく。


シュヴァルツコップ、フィシャーディースカウ、セルらによる「マーラー/子供の不思議な角笛」
シュヴァルツコップ、フィシャーディースカウ、セルらによる「マーラー/子供の不思議な角笛」


ディスク1 : 「マーラー/子供の不思議な角笛」 : Mahler / Des Knaben Wunderhorn
Elisabeth Schwarzkopf, Dietrich Fisher-Dieskau : London Symphony Orchestra / George Szell : 1969. EMI

 昨年ついにシュヴァルツコップが物故してしまい、新盤の解説に没年が記載されているのを見るのが寂しい(この文章は2007年に書いた)。このディスクは名曲の名演奏の名録音という、三拍子が最高次元でそろった究極の名盤なので、オリジナルのLPを愛蔵している人も多いことだろう。1曲目のフィッシャー・ディースカウが歌う「死んだ鼓手」は、マーラーらしい皮肉っぽい曲で、大太鼓の30 Hzにおよぶ低音が鮮明に録音されている。我が家のラッパでこれをみごとに再生するのは Europa Junior Klarton のみなので、重低音の判定にはもってこいである。耳に染み着いたシュヴァルツコップの声の聴こえ方も、再生装置の素性がよくwかるという点で最高である。

 ところで、このCDも最近のデジタルリマスター盤は音の人工的な臭いが強くなってしまっている。この点をオーディオ評論家の新氏にたずねたところ、「特定のデジタル編集装置を使うのであるが、そのためにどのリマスターもその機械の音になってしまう」という恐ろしい回答であった。リマスター以前の旧盤CDを中古レコード屋で探すなどというバカバカしい事態が、現実になってしまうのかもしれない(2020年時点ですでにそうなっている)。


モーツァルト全曲集にある古いフォルテピアノ伴奏でマクファデンが唱う「女声歌曲集」
モーツァルト全曲集にある古いフォルテピアノ伴奏でマクファデンが唱う「女声歌曲集」


ディスク2 : 「モーツァルト/女声歌曲集」 : Mozart Songs II
Claron McFadden(sop), Bart van Oort (Fortepiano 1795) : 2002. BRILLIANT

オーディオ愛好家というものは、名曲の名演奏にこだわるあまり、一部の楽曲ばかりを聴くという傾向がある。自分も同じであったが、最近は無知を反省してブリリアントの全曲集を多量に聴いている。このディスクも同レーベルのモーツァルト全集170枚組のなかの1枚である。ブリリアントのプロデューサーは歴代の演奏に造詣が深いらしく、最近もショパンの全曲集に驚かされた。なんと、1903年に録音されたプーニョの演奏が含まれているのである。同レーベルは安価な全曲集専門で、全般にコストのかかるメジャーな演奏家の新しい録音は無いが、マイナーな録音や古い録音から意味のある選択をしている。この女声歌曲集はとてもシンプルな録音で、古楽器のフォルテピアノは良い音だが、ソプラノがフォルテで少し歪んでハスキーに聴こえる傾向がある。この歪むような声の変化が、ラッパによって様々に聞こえるのが興味深い。演奏にはシュヴァルツコップとギーゼキングのような豊かな表現を望むべくもないが、典雅な雰囲気があって悪くない。


ヌブーの初録音とハシッドの全録音を組にしたCD(背後はHMVの大型蓄音機)
ヌブーの初録音とハシッドの全録音を組にしたCD(背後はHMVの大型蓄音機)


ディスク3 : 「ヌブー&ハシッドのヴァイオリン」 : Ginette Neveu & Josef Hassid
1938, 39, 40. EMI-TESTAMENT

ヌブーとハシッドはあふれる才能をもつバイオリニストであったこと、そして、若くして命を失ったことで共通している。大二次大戦の初期に行われたブルムラインの装置による録音は、SP時代の頂点ともいえる出来であり、赤レーベルに金泥が輝くヌブーのHMV盤は、ヴァイオリン・ディスク史上の宝石である。ハシッドのほうはエビ茶色のレーベルで、同じ HMV盤でも趣が異なるのだが、念のためにSP盤を取り出して確認したところ、やはりブルムラインの装置を示す□の刻印があった。ウエスタンエレクトリックの装置なら△の刻印である。17才でハシッドが録音したタイスの瞑想曲を HMV の 203型蓄音機で聴くと、「クライスラーが200年に一度の逸材と絶賛した彼のビロードのごとき手で奏でれば、このありきたりに聴こえがちな曲がなんという深い美しさをたたえるのであろうか」と、思わずにはいられない。それほどの美音は望まないにせよ、この録音のバイオリンをフルレンジ・ユニットで満足に再生するのは意外に難しく、試聴にはもってこいである。


アシュケナジーの「ショパン/ノクターン全集」(背後はパハマンのノクターンのSP)
アシュケナジーの「ショパン/ノクターン全集」(背後はパハマンのノクターンのSP)


ディスク4 : 「ショパン/ノクターン全集」 : Chopin Nocturnes
Vladimir Ashkenazy : 1975, 1985. LONDON

なにかで「アシュケナージが来日した際にパハマンのSPレコードを探し求めた」というような文章を読んだのだが、出典を忘れてしまって思い出せない。それはあやふやな記憶だが、このノクターン全集を聴くとパハマンの幽幻な演奏とのつながりを感じるのは、二人のファースト・ネームがともにウラジミールだからというわけではないだろう。このディスクの録音は1975年と1985年に行なわれており、その間にはアナログからデジタルへの録音方式の変遷があった。このため、このディスクではアナログ録音とデジタル録音が混在しており、デジタル・リマスターによって音質の差を無くそうと努力してはいるものの、明らかにちがう音に聴き取れる。この音質の差がどのように感じられるか、というところが、このディスクによる試聴の妙味である。


録音嫌いだったチェリビダッケの指揮するミュンヘンフィルによる「展覧会の絵」
録音嫌いだったチェリビダッケの指揮するミュンヘンフィルによる「展覧会の絵」


ディスク5 : 「ムソルグスキー、ラベル/展覧会の絵、ボレロ」 : Mussorgsky / Pictures at an Exhibition
Ravel / Bolero : Munchner Philharmoniker / Sergiu Celibidache : 1993, 1994. EMI

 録音嫌いで有名であったチェリビダッケは、個性派ぞろいの指揮者のなかでも、極め付けの一人といえるだろう。録音の人為的な編集を不正なものとした指揮者の意志の表れか、このディスクもあまり加工臭のしない好感のもてる音作りだ。人工調味料をふんだんに入れた惣菜のような録音に麻痺してしまった耳には、ゆっくりとしたテンポの展覧会の絵がスローフードのように心地よいだろう。もちろん、1990年代の新しい録音なので十分にHi-Fiであるし、管弦楽の編成も大きいので、一般的なオーディオの試聴にも適したディスクであると思う。演奏前後の拍手も自然な雰囲気で録音されいる。

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