【その2】猛実験君のスピーカーケーブル

(さんひまじんオーディオもんどう) 2015年7月

左下:猛実験君、中上:音海先生(おんかいせんせい)、右下:スペック紳士
左下:猛実験君、中上:音海先生(おんかいせんせい)、右下:スペック紳士

猛実験君:「これは自分が長年の実験を基に作った特別なスピーカーケーブルであります。みなさんもケーブルで音がすっかり変わってしまうということはご存知だと思いますが、自分もケーブルではさんざん苦労をしました。なにしろ金、銀、銅、無酸素銅、単結晶無酸素銅があるうえ、単線により線、編み上げ線と形状もいろいろで、おまけに被覆も塩化ビニール、ポリエチレン、テフロン、ゴム、綿、絹とキリがありません。どれを使うかで音が変わってしまうだけでなく、太さや本数、間隔など、無限に組み合わせがあって大変です。自分は何百、何千というケーブルを自作しては聴くという実験を延々と繰り返しました。そうやって確信したのは、やはり素材が決め手だということです。どうやっても素材が音に出るのであります。銀線はクセがあるし、金線はとても高価なので、やはり銅が一番です。ただし、自分は高純度無酸素銅で、しかも単結晶で焼きなましたのでないと聴く気になれません。その単線の被覆をむき、自分の手で綿テープを巻きなおして自作したのがこのケーブルであります。ビニールやテフロンは静電気で音が悪くなるので、被覆は自然素材でなければダメです。売っているケーブルにロクな物はありません。高価なハイエンドケーブルもダメ、ヴィンテージケーブルもダメ、自分のケーブル以外はみんなダメであります。」

 猛実験君の突進に、音海先生もスペック紳士もあっけにとられて言葉が出なかったが、そんなことはおかまいなしに、待ちきれない猛実験君は音出しを催促した。

猛実験君:「とにかく、今すぐにこのケーブルの音を聴いてほしいのであります。」

音海先生:「わかった、わかった。」

 そう言って音海先生は少し面倒くさそうにスピーカーの裏側に回ると、ちょうどそのあたりの床に落ちていたマイナスのドライバーを拾い、スピーカーの端子をゆるめようとした。老眼でネジ頭の溝にドライバーの先をすぐに合わせられずにもたもたしていると、なにやら傍らに熱気を感じた。輻射の来る方向を見ると、猛実験君がケーブルを持ってそばに立っていた。待ちきれない様子だったので、音海先生は猛実験君にドライバーを渡し、スピーカーとパワーアンプの間のケーブルを交換する作業を交代してもらった。

猛実験君:「持参したケーブルが2メートルの2組しかなかったので届くかどうか心配でしたが、なんとかなりました。アンプの電源を入れましたから、なにか音を出してみてください。音源はCDですか?」

音海先生:「そうじゃな、前に聞いたディスクがなにか入っているじゃろうから、再生ボタンを押してみてくれ。」

猛実験君:「先生、ボリュームを上げても小さな話し声のようなものしか聴こえません。入力セレクターかなにか間違っているのでしょうか?」

音海先生:「おお、きっとフィールド電源が入っておらんのじゃ。こいつは戦前の電磁石時代のラッパじゃからな。」

 音海先生のスピーカーには、昔の蓄音機のような大きなホーンが付いていたので、ラッパと呼ぶのがふさわしかった。猛実験君が目ざとくフィールド電源を見つけてスイッチを入れると、整流管のフィラメントが細かい金網でできているプレート電極の奥でオレンジ色に輝き、比較的大きなノイズがフワッとスピーカーから出てきた。その直後に聴こえて来たのは、音海先生お気に入りの徳川夢声による宮本武蔵の朗読であった。猛実験君は一段と興奮した様子だったが、なんとか我慢して30秒ほど聴いてから口を開いた。TV番組で料理を口に入れた瞬間に味わいもせず叫ぶのと同じではバカにされるので、しばらく聴いたふりをしてからと考えたからだ。

猛実験君:「やはり、このケーブルはいい音であります。」

 徳川夢声にも負けないほど感情のこもった声でひと言述べた猛実験君は、しきりにうなずきながら満足そうに聴いていた。しかし、いっぽうのスペック紳士は腕を組んだまま首を傾け、なにやら納得できない様子でいた。

スペック紳士:「う~ん。ずいぶん古い録音のようですが、朗読なんてまともに聴いたことがないので音質評価がさっぱりできませんね。基準が無い状態では判断のしようがありませんね。」

猛実験君:「それでは、元のケーブルに戻すので比較してみてください。それにしても先生のケーブルは安物ですね。」

 熱心さのあまり、ついつい「安物」などと本音を言ってしまう猛実験訓であった。音海先生のケーブルはホームセンターで1メートル数十円で売っている細い平行ビニール電線で、猛実験君にとっては聴く必要のないものであったが、無駄だと思いつつも自分のケーブルの優秀さを証明するため、元のケーブルに大急ぎで戻した。

猛実験君:「どうです、やっぱり音が後ろに引っ込んでしまいました。」

スペック紳士:「そういわれれば、そんな気もするけど。やっぱり、朗読ではちょっとね。僕のこのCDをかけてもらってもいいですか。」

 スペック紳士はイタリア製のカバンから、何百万円もするハイエンドオーディオ製品のメーカーが配布した音質評価テスト用CDを取り出した。猛実験君はそれを受け取ると、音海先生に断りもせず交換して再生した。

猛実験君:「先頭の曲からでいいですか? 先生、朗読のCDはプレーヤーの上にあったケースに入れておきました。」

 テスト用CDにはオーディオ愛好家が喜びそうな優秀録音ではあるが、脈絡もなくバラバラにされた音楽が入っていた。コントラバスの低音やパーカッションの打撃が誇張された曲らしきものの合間に、素人受けしそうなヴァイオリンのソロやジャズボーカルが挿入されていた。

スペック紳士:「いつも聴いているCDですが、先生の装置ではずいぶん変わった音がします。とても古いスピーカーなので高音があまり出ていないようですが、不思議な魅力がありますね。でも、さっきケーブルを交換する前にこのCDを聴いておかなかったから、やっぱり分かりませんね。」

音海先生:「おお、そうじゃな。これはしまった。猛実験君、すまんがもう一度交換してみてくれ。」

 猛実験君はまたまたケーブルを手早く交換したが、それで収まるはずもなく、CDをとっかえひっかえしては、何回もケーブルを交換してスペック紳士と猛実験君で「ああでもない」、「こうでもない」と比較試聴を続けたのであった。音海先生はすぐに飽きてしまい、うとうとしていた。

スペック紳士:「たしかに、猛実験君のケーブルのほうが音が前に出るような気がしなくもないけど、効果がはっきりしないのは、綿テープのせいじゃないかな。せっかく単結晶無酸素銅を使っているのに、綿が湿気を吸ったりして、不安定なんてことがあるかもしれないし。1本百万円するようなハイエンドケーブルがいいとは言わないけど、やっぱりちゃんと作ってあるそこそこの製品でないと、安心して聴けないような気がするな。」

 見た目が雑な自作品がきらいなスペック紳士は、ついついケーブルに否定的なことを言ってしまったので、たちまち猛実験君の顔色が変わった。もはや音を聴くことなど不要になったので、猛実験君はボリュームを小さく絞った。スニングルームには音楽ではなく、議論する声が響いた。

猛実験君:「ハイエンドケーブルはインチキです。いまからそれを証明してみせます。たとえば、1本100万円もするオーディオ用と称するLANケーブルがあります。ご存知のようにLANはデジタル信号なので、正しく通信できさえすれば良く、ケーブルによって音が変わるはずはありません。」

スペック紳士:「ああ、AndonQuestionのLANケーブルですね。驚くほど高価なので、ネットワークプレーヤーとかメディアサーバーとかいろいろあると、すぐにLANケーブルだけで1千万円にもなってしまいますね。でも、導体が高品質の銀線ですごくきれいに出来てますよ。」

猛実験君:「だからインチキなんです。LANケーブルを伝わるのは音楽ファイルなどのデジタル信号です。もし、2メートルで380円のLANケーブルだと音が悪くなるとすると、デジタルデータが変化してしまっていることになります。もしそうなら、みなさんがホームページを見たり、ファイルをコピーしたりするとき、しょっちゅうデータが化けてホームページが崩れたり、ファイルが壊れたりするはずです。もちろんそんなことはないので、380円のLANケーブルでもデータは正確に伝わり、十分な性能だということです。」

スペック紳士:「たしかにデジタルデータは変わらないかもしれないけど、高級なUSBケーブルだと音が良くなるように、パソコンとかとオーディオ機器のアースがつながっちゃうから、ケーブルの影響はあると思うな。じつは2本買って試しているところなんです。やっぱり、SN(音に対する雑音の小ささの比率)が良くなったような気がしますよ。」

猛実験君:「とんでもない。LANの接続口にはパルス用のトランスが内臓されているので、機器のグラウンドはつながりません。また、アースは大地への接続なので、信号用のケーブルでつながるばあい、それはグラウンドであります。」

スペック紳士:「それは知らなかったな。てっきりUSBと同じで、そのグラウンドがつながっちゃうのかと思ってました。でもやっぱり、銀線だと繊細な感じがするんだけどな。それに高品質なケーブルなら、装置の信頼性も上がりますよね。」

猛実験君:「自分は音にクセがあるので銀線は大きらいです。やはり銅が一番なのですが、いつも使っている単結晶無酸素銅が製造停止になってしまったので、大変困っています。大量にストックしておこうと思ったときには、秋葉原のオイデヤ電線にも在庫がありませんでした。」

スペック紳士:「PCBCCという古河童電気の高性能な銅材料ですね。普通の銅だとたくさんの結晶から出来ているから、結晶の境目に不純物が混ざって電流がスムーズに流れなかったりするのが、PCBCCでは一つの結晶で全部きれいにつながっているので、そういう問題がないということでしたね。電子があちこちにある結晶の境目に邪魔されながら進むのでは、やっぱり音もギクシャクしそうですものね。」

 少し前から目が覚めていたものの、ケーブルによる音の違いに興味がない音海先生は、居眠りのふりをしていたが、議論の白熱にだまってはいられなくなってきた。

音海先生:「ほほう、まるでスペック紳士は自分が電子のように小さくなって、導体の中の様子を見てきたように話すのう。じゃがな、電子はどこにあると確定的にいえるものではなく、ぼんやりとした雲のような存在で、粒のようでもあり、波のようでもあるのじゃ。」

スペック紳士:「なんだか禅問答みたいで難しいですね。でも、PCBCCは普通の銅よりも電気抵抗が低いですし、やっぱり結晶の境目が邪魔しないから、電子が通りやすいんじゃないかな。」

音海先生:「スペック紳士は宣伝文句の読みすぎじゃな。銅線の電気抵抗の原因は熱がほとんどで、結晶の歪みや境目の影響なぞ微々たるものじゃ。温度が高いほど原子レベルの微細な振動が激しくなって、進もうとする電子をかき乱すから抵抗が大きくなるのじゃ。」

猛実験君:「温度を下げれば熱エネルギーによる振動が減るのなら、絶対零度に近い極低温にすれば超伝導みたいになって、ものすごく電子がスムーズに通れるということですね。ですが、自分は銅の純度も電気抵抗に影響することを知っています。銅線を冷やすのは大変なので、やはり実用的には純度が高い無酸素銅を使うことが重要だと思うのでありますが。」

音海先生:「銅を超伝導にするのは困難じゃが、純度のほうは安物の電線ですら99.99%ほどもあって十分に高いぞ。99.99999%といった超高純度な銅との抵抗の差は、温度を2、3度下げれ帳消しじゃ。どうもオーディオ界は主要因には目をつぶり、枝葉を誇張して売り込む傾向があるからのう。」

猛実験君:「なんだ、そんな程度の差しかないのですか。それでは、山の中にあって涼しい先生の所の安物ケーブルのほうが、暑い市街地にある自分のリスニングルームの無酸素銅よりも抵抗が少ないことになってしまいます。もちろん、同じ太さと長さのばあいであります。ちょうどPCBCC電線がなくなってしまったので、これからケーブルを冷やす実験をしてみようと思います。」

音海先生:「そうじゃ、そうじゃ。高いケーブルを買う金があったら、静かで強力なエアコンを買って聴いたほうが、電気伝導も気分も良くなって、いい音に聴こえるというものじゃ。そういえば今日も暑い日じゃったのう。」

猛実験君:「そうではありません。反対に冬になって暖房するとケーブルの抵抗が大きくなってしまいますので、やはりケーブルを冷やす必要があります。いま、いいアイデアがひらめきました。散水用のホースの中にケーブルを入れて、不凍液を循環させて冷却する装置を開発してみようと思います。」

スペック紳士:「でも、不凍液でアンプは冷やせませんよね。アンプのトランスの中には何千回も巻かれた長い銅線があって、電流や真空管の熱でかなり熱くなりますよね。」

猛実験君:「たしかにそうです。ならば、家庭用の冷凍ストッカーを改造してシャーシに流用し、真空管以外のすべての部品を冷却するアンプも自作する必要があります。」

 猛実験君は目を上に向けて焦点を定めず、冷却式オーディオシステムの構想を一気に膨らませている様子でいたが、ほかの二人はあきれてしまっていた。スペック紳士はいやなものを想像してしまったといった表情をして、首を横に振りながら口を開いた。

スペック紳士:「う~ん。僕は冷凍ストッカーの上で真空管が光っていたり、ホースの中をボコボコと不凍液が流れているような所で音楽を聴くのはいやだな。いくら性能が良くていい音だからって、それじゃ機械室か資材置き場でフランス料理を食べるようなものじゃないですか。」

猛実験君:「それはあんまりだ。自分は純粋にいい音を追及しているだけであります。いい音のための装置がいっぱいあるのは不快ではありません。みなさんだって、オーディオ機器に囲まれて楽しんでいるじゃありませんか。冷凍ストッカーの振動も不凍液の循環ノイズも、冷媒の配管を延長してコンプレッサーを外に出すなどの工夫で解決できると思います。そういう創意工夫なしに、ただブランド物の高額なケーブルを次つぎと購入するだけでは、金をドブに捨てるようなものであります。」

音海先生:「まあ、まあ。どちらの意見にも一理あるが、ここらで本当のことを言うとしよう。わしには自分の安いケーブルと猛実験君のケーブルの音の違いは、さっぱり聴き取れんかった。じつはな、このスピーカーもアンプも200オームなのじゃ。もし、新しいスピーカーのように4オームじゃったら、ケーブルで少しは音が違ったかもしれんがのう。」

猛実験君:「なんだ、それじゃ差が出ないじゃありませんか。抵抗の影響だって4オームのときの50分の1くらいに減ってしまいます。自分にははっきりと差があるように聴こえたのですが、やっぱり思い込みだったのでしょうか。」

 ケーブルによる差が出そうにない物理的状況を知り、自信満々から急転直下の猛実験君であった。彼の構想は一気にしぼんでしまったので、電源トランスと出力トランスを入れるのに程よいサイズの冷凍ストッカーを探す必要がなくなった。

音海先生:「音とは不思議なもので、ほんのささいな部分を変えても違って聴こえる。もっといえば、なにも変えなくても違って聴こえるのじゃ。装置が変わらなくても、聴く人間のほうの状態が不変ではないからのう。人間はいろいろな影響を受けて差があると感じてしまいがちで、差がないものは無いと冷静に判断することのほうがずっと難しいのじゃ。」

 スペック紳士は差が無いという自分の聴き取りが正しかったことは喜んだが、大金をつぎ込んだケーブルがなんだか少し無駄なもののように思えてしまい、浮かない気分になっていた。

スペック紳士:「僕のスピーカーは20オーム弱だから、いいケーブルを使えば少しは効果がありますよね。それに、LANケーブルだって、信頼性が高くなるし、無駄ではないですよね。」

音海先生:「16オームなら多少は違うかもしれんが、たとえ4オームでも、わしじゃったら高くて太いケーブルに交換したりせずに、安い普通のケーブルを2本、3本と並列にしていって、ちょうどよい本数でやめることになるじゃろう。信頼性についてもじゃ。もし、自動車の配線をハイエンドのオーディオケーブルにしたらどうじゃな? 人工衛星や医療機器ではどうじゃな? みんな無駄に重く大きくなって、まともには働かんじゃろう。信頼性とはそういうもので、一部だけの強化ではなく、全体のバランスが大切なのじゃ。それに、貴重なヴィンテージ機器の小さな端子に図太いケーブルを無理に接続して壊してはいかん。壊れるということは信頼性が低いということじゃからのう。まあ、あまり科学的な根拠のないハイエンドケーブルも先細りじゃろうから、古河童電気はPCBCCの生産をやめたのじゃろう。」

スペック紳士:「あ~あ。じつは僕、100万円のLANケーブルだけじゃなくて、PCBCC電線を使ったハイエンドケーブルもいっぱい買ってあるんだよね。無駄だったかな。猛実験君、買ってくれない?」

 ずいぶんと夜が更けたので、楽しくて騒々しいオーディオの集いは、なごり惜しいがおひらきとなった。だが、ケーブルの議論は果てしなく、その後も幾度となく蒸し返されることになるのを3人は知る由も無かった。最後に、頼まれもしないのに人様のリスニングルームへケーブルを持参するのはやめましょうという教訓をお伝えして、今回の話をおしまいにさせていただく。

【※おことわり】 このお話はフィクションであり、登場する人物やブランド名などは、実在のものとは一切関係ありません。また、このお話を参考にした結果、音質が悪くなったり無駄な買い物をしたりといった損害が生じても、責任は一切負えません。あなたの大切なオーディオ装置を守るため、インターネット上の情報は鵜呑みにせず、十分注意して取捨選択しましょう。

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