【第6話】ドイツ・ヴィンテージ・オーディオ紀行 その3

2011年7月9日
(5月にドイツのヴィンティージ・オーディオ愛好家たちを訪ねた旅の記録)

クレーンで吊り上げられたオイロパ・クラルトン
クレーンで吊り上げられたオイロパ・クラルトン

 さて、いよいよ今回の旅のメインとなる「オイロパ・クラルトン(EUROPA KLARTON)」の譲り受けである。オイロパ・クラルトンとは、故池田圭氏が「オイロッパ号」と呼んで愛蔵していたクラングフィルムの巨大なスピーカー「オイロパ」の後継モデルだ。クラルトンになる前の「オイロパ」の最初のモデルである44007は、1931年かその翌年に登場したので、ウェスタン・エレクトリックの「ワイドレンジ・サウンド・システム」とほぼ同時期ということになる。残念ながら44007は現存しないと思われるが、1933~4年に登場した後期の「オイロパ」である44008は、池田氏のスタジオをはじめ世界に10台ほどはあると推測している。70 cmという巨大なウーファーにブラットハラー形ドライバー2台を組み合わせた、超弩級の劇場用スピーカーである。ウェスタン・エレクトリックが3ウェイでワイドレンジ化したのに対し、こちらは2ウェイで十分な性能を確保していた。

 「オイロパ・クラルトン」は「オイロパ」のホーンを「クラルトン・ホーン」と呼ばれる、より長いものに変更したモデルで、ウーファーは共通だ。初期形の44009はベルリンオリンピックが行われた1936年、後期形の44010はオリンピックを記録した映画「オリンピア」が公開された1938年の登場と思われるので、どちらも独裁政権のプロパガンダと深い関係がると考えざるを得ない。オーディオ機器というよりは、軍用品のような凄みを感じさせるモンスターだ。写真のように梱包のためクレーンで吊り上げたとき、付属するロードセルの表示はちょうど200 kgであった。今回入手したのは初期形の44009で、1台のみのモノラルである。写真の倉庫で梱包に立ち会ってから輸出業者に預け、航空貨物で運んでもらうことにした。

ドイツのオーソリティーの間で人気のビオノア
ドイツのオーソリティーの間で人気のビオノア

 大仕事のあとは南へと移動し、ハイデルベルクに近い町に住む旧知のC氏を訪問した。ドイツのオーディオ愛好家のなかでもオーソリティーといえる人たちは、なぜかオイロダインよりも写真のビオノア(BINOR)を好む傾向がある。家が大きくてリスニングルームが広いこともあるだろうが、巨大なホーンによる低音が魅力らしい。高音用のホーンとドライバー、およびネットワークはアルニコのオイロダインと同じだが、ウーファーはKL-L405を2発組み合わせたKL-L501を大型の木製ホーンにマウントしたものになっている。

 C氏とは気軽にオーディオの四方山話を楽しめる仲なので、今回の旅で見聞きならぬ見聴きしたことやお互いの現用装置の話で盛りあがり、ホテルでもレストランが閉まるまでしゃべり続けた。C氏はビオノアのアンプとしてF2a11シングル出力段のKL-V204を試したところ、低音がブーストされてしまってうまくないということだったので、F2a11のグリッド帰還回路の改造を勧めた。KL-V204は小さなバッフルのオイロダインの低音不足を補うのには都合がいいが、オリジナルのままビオノアでは低音がダブついてしまう。翌日はC氏と一緒にハイデルベルク城に徒歩で登り、久々の運動をした。城内で大樽などを見学した後、城の出入り口前にあったベンチに腰掛けた。一休みしつつ、「WE300Bの市場価格」といったバカな話で盛り上がっていたところ、今回の旅で初めて出会った日本人団体観光客の列から冷たい視線を受けた。

15Aホーンのレプリカによる3ウェイシステム
15Aホーンのレプリカによる3ウェイシステム

 C氏と別れた翌朝、ホテルに迎えに来てくれたN氏のゴルフ・バリアントに乗り、ドイツ国境に近いフランスの田舎町へと向かった。N氏とは有名な「ジャーマン・ビンテージ・ラウドスピーカーズ」の運営者だが、最近は本来の木工芸術に関わる業務で新しい分野を展開中で、当面オーディオ・ビジネスはお休みということであった。目的地はフランス、いや、ヨーロッパで最も有名なオーディオ愛好家の一人であるアルザス近郊のK氏宅で、N氏が新婚旅行で訪れたという国境付近の森を抜け、いくつかのフランスの田舎町を経て到着した。

 K氏は機械工場を経営するエンジニアで、驚くべき自作派だ。写真の15Aホーンのレプリカだけでなく、ドライバーの振動板からプレーヤーまでなんでも作ってしまう。15Aのドライバーはオリジナルの555Wで、自作した真鍮製のスロートが見事だった。ウーファーは奥にあって、ジェンセンかなにかだそうだが、現在コンクリートホーンのような巨大なものを準備中とのことであった。ツィーターは珍しいアルニコ型の597で、フィールド型よりもかなり大きな十字形をした磁気回路をもつ不思議なユニットだ。アンプには205Dプッシュプルの46のオリジナルを使用していて、「300Bプッシュプルの86よりも音がいい」という説明を受けた。

珍しいアルニコのWE597ツィーター
珍しいアルニコのWE597ツィーター

 わたしは就職した翌年に購入した15Aを30年近く所有していて、今でもシェラックのSP盤を再生するために愛用しているので、15A + 555Wの音を熟知しているつもりだ。どうやら、K氏の15AのほうがオリジナルよりもHiFiのようである。もちろん、ツィーター付き同士での比較である。それにしても、ヨーロッパまでクラングフィルムの聖地巡礼の旅に来て、超が付くウェスタン愛好家に出会うとは思わなかった。じつは、K氏宅へ来る途中のドイツ側でT氏のリスニングルームに立ち寄ったのだが、そこにもK氏製作の15Aによるシステムがあり、クラングフィルムのビオノアから切り替えつつあるという説明を受けていた。わたしの周辺では、300BをやめてAD1やRV258などに切り替え、スピーカーも含めてドイツ系へ宗旨変えするという改革が盛んだが、マルチン・ルターによる宗教改革のお膝元では、逆にクラングフィルムからウェスタンへ宗旨変えする機運があるとは、なんともな複雑な印象を受けた。

 3000 Vという超高圧電源の巨大な真空管アンプがあり、感電の恐怖から「フランケンシュタイン城」と呼ばれているというK氏の旧宅(自宅は隣接して別にあり、旧宅はオーディオ専用)には、オイロパ・ユニア(EUROPA JUNIOR)43004やフィールド型のオイロダインなど、貴重なオーディオ機器が目白押しの状態であった。最後にパテの縦振動盤をパテの蓄音機で聴き、お土産にパテのセンタースタート盤を1枚いただいて別れた。わたしとK氏は同年齢でやっていること(自作)も似ているので、これから長い付き合いになるだろうと思いつつ、帰国便の発つフランクフルト空港までN氏の車で再びロングドライブをした。この旅で出会い、親切にしてもらった愛好家諸兄になにかでお返しができればと思う。ほんとうに趣味の仲間はいいものだ。

5月はシュパーゲルの季節でもある
5月はシュパーゲルの季節でもある

 5月のドイツはシュパーゲルの季節でもある。シュパーゲルとはホワイトアスパラガスのことで、新鮮なものをゆでて食べることで、春を味覚と嗅覚で感じることができる。ドライブ中の田舎道の両側にはシュパーゲル畑が延々と広がる所が何回もあったので、相当な生産量と消費量だと見受けた。シュニッツェル(ドイツ風とんかつ)を食べ過ぎた胃には願ってもないメニューだ。ドイツの食事は塩気が強くて肉とフライものが多いのだが、とにかくパンが美味しいので悪くない。ホテルの朝食バイキングで乳製品やソーセージなどとパンをたらふく食べ、昼はアイスクリームかケーキぐらいで夜はシュニッツェルというパターンに陥りがちなので、メタボ気味の中年男性には悪い環境かもしれない。白いシュパーゲルは穂の部分が微かに緑ががっていて、ゆでたての香りは葉裏に花穂を垂れさせていた菩提樹のように甘く、今回の気違いじみた旅の思い出を、少しだけやさしいものにしてくれた。

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