【第5話】ドイツ・ヴィンテージ・オーディオ紀行 その2

2011年7月9日
(5月にドイツのヴィンティージ・オーディオ愛好家たちを訪ねた旅の記録)

フィリップスらしき大型ホーンを見せるヤン氏
フィリップスらしき大型ホーンを見せるヤン氏

 真空管ではちきれそうな複数の大袋と重いスーツケースを必死で運ぶ、怪しい東洋人となったわれわれ二人組は、通勤ラッシュで混み合うなか、ポツダム駅から電車でベルリンへと向かった。もっとも、それらの大袋の中身が AD1 などの貴重な真空管であるということは、はみ出した TELEFUNKEN の青い箱を見ても乗客のドイツ人たちには理解できなかったことだろう。ところで、オーディオ紀行の途中ではあるが、これまで「です・ます調」で書いてきたのをやめることにする。このところ風邪気味で頭がボーッとしていたので、珍しく人様のオーディオのホームページやブログをいろいろと拝見していたところ、美文調もどきだったり丁寧すぎたりで、いささか食傷ぎみになってしまったからである。もとより、ぶっきらぼうに書くほうがお似合いの小生である。

おびただしいアンプが無造作に置かれていたヤン氏の倉庫
おびただしいアンプが無造作に置かれていたヤン氏の倉庫

 ベルリンでは、eBay でおなじみのヤン氏の自宅を訪問した。ポツダムですっかり真空管モードになってしまっていたが、アンプやスピーカーを見せてもらううちに、Ea といった珍管の呪縛から解放され、彼の得意とする修理や部品のことなどを幅広く話すことができた。彼はポーランド系で、過去に stonex という名前のギターアンプを製造した経歴がある。その経験を活かして真空管アンプやスピーカーの修理を幅広く手がけているため、ヴィンテージ・オーディオの販売委託が引きも切らない状態が続いている。倉庫となっている旧宅には、整備を待つ EL34 や F2a といった真空管を用いたテレフンケンやクラングフィルムなどのアンプが、数えきれないほどストックされていた。

 じつは、ヤン氏は英語がうまくない。そのせいで、われわれ日本人でも気遅れすることなく気楽にコミュニケーションが出来るから、彼からなにか買うときにはメールでよく質問することをお勧めする。ただし、英語での電話はダメなようだ。彼の愛車である白いニュービートルのクーペは狭く、リア・ハッチを開けっぱなしでスーツケースをだき抱えるという事態になってしまったが、ベルリン駅までなんとか送ってもらい、ドイツ鉄道のフリー・チケットを購入して新幹線に乗った。このチケットは新幹線も乗り放題の優れものである。

新幹線の車窓から撮影したフォルクスワーゲンの工場
新幹線の車窓から撮影したフォルクスワーゲンの工場

 ドイツの新幹線には日本では廃れてしまった食堂車が現存していたので、そこでミートボールを食べたりしながらの、なかなか快適な道中であった。オランダの方へ西に向かって進んだのだが、ベルリンを出発してからしばらくは旧東ドイツの地域で、いまも貧しさが残る風景が流れていくのを、ぼんやりと眺めることになってしまった。その後も、発電用の風車が並ぶことを除けば、のどかな農地が続いていた。そうしているうちに、突然、巨人が居並ぶような煉瓦作りの煙突と、青いフォルクスワーゲンのマークが目に飛び込んできた。ヴォルフスブルクの駅だ。ここはナチスがフォルクスワーゲンの製造のために作った人工都市だが、なぜか、駅前には BMW のディーラーがあった。

Spining Song played by Miss JANOTHA, G&T 5562
Spining Song played by Miss JANOTHA, G&T 5562

 ヴォルフスブルク駅より少し先には、ハノーファー駅があった。駅は素っ気なく、写真をお見せするほどではないのだが、この町について、ぜひ触れておきたいことがある。それは、「世界初のレコード・レーベルである1901年からのグラモフォン&タイプライター(G&T)のプレス工場がこのハノーファー(Hannover)にあった」と、いうことだけなのだが、カルーソーなどの初期の名盤は、カッティングした原盤を運び、この地で黒地に金泥のレコーディング・エンジェルが輝くシェラック盤となって生まれたのである。この歴史的事実に思いを馳せれば、ここはヴィンテージ・オーディオ愛好家にとって、特別な町になるのである。ハノーファーは街並みが美しい観光名所でもあるので、いつか下車して、ゆっくりと街を歩きたいと思う。写真のレコードは、ポツダムのヴィルヘルム2世に仕えた女流ピアニストでショパンの孫弟子とされる「ヤノータ」のG&T盤である。ゆかりの宮廷ピアニストというだけでなく、おもしろい但し書きがレーベルにあるのでご紹介した。

 新幹線を降りてからはローカル線に乗り、長い鉄道の旅を経て、第二の宿泊地であるカルデンキルヒェンに到着し、同行したM氏の輸入中継基地となっているN氏の自宅に泊めていただいた。自分はここにはオーディオの用事が無かったので、膨大な真空管を必死に梱包しているM氏を尻目に、N氏と近所の美術館や車で30分ほどのところにあるオランダの古都フェンロなどに行き、すっかり観光気分で過ごすことができた。奥様手作りの典型的なドイツの家庭料理も含め、N氏夫妻のもてなしは、いまでもありがたく思い出されるほどであった。

Venlo の古い屋敷 RD-1s + Hektor 28 mm f/6.3
Venlo の古い屋敷 RD-1s + Hektor 28 mm f/6.3

 上の写真はライカの古い広角レンズで撮った、フェンロで一番古いとされる屋敷である。ヘクトールというトロイの英雄の名前を付けられたニッケル・メッキの28mmレンズは、1935年に発売されたモノクローム用で f 6.3 と暗いのだが、コンパクトで渋い味があるので愛用している。ドイツのヴィンテージに興味があるオーディオ愛好家なら、少なからずドイツのカメラにも興味があるのではないだろうか? フェンロを訪れた翌日、カルデンキルヒェン駅でN氏と冗談を言い合いながら電車を待ち、固い握手で別れた。さて、いよいよ次回は最大の目的であるオイロパ・クラルトンの譲り受けだ。

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