【第4話】ドイツ・ヴィンテージ・オーディオ紀行 その1

2011年7月9日
(5月にドイツのヴィンティージ・オーディオ愛好家たちを訪ねた旅の記録)

VDO のメーター・パネル
VDO のメーター・パネル

 シューマンの歌曲集「詩人の恋」は、「美しい五月にはすべての花々が咲き、すべての鳥たちが歌うから、わたしも君に恋を告げよう」といった歌詞の曲で始まります。だから、ドイツは5月に行くのが一番です。菩提樹が地味な花を咲かせ、甘い香りを漂わせていることでしょう。今回はヴィンティージ・オーディオの聖地巡礼の旅でもありましたから、それにふさわしい我が20才代以来の長年の愛車で出発しました(実際は、会社の車で行って長期間使えなくするのはまずいため)。後から考えると、千葉で駐車するときにお気に入りのメーターの写真を撮影したことは、最初の訪問地であるポツダムで、大量にヴィンティージな電流、電圧計を購入するハメになることの暗示だったように思います。

ベルリン・テーゲル空港
ベルリン・テーゲル空港

 直行便が取れなかったため、チューリッヒ経由でベルリン・テーゲル空港に着きました。なお、旅の手配では、会社を空ける時間を作るために忙殺されていたわたしに代わって、同行した真空管研究家のM氏に骨を折っていただきました。心より感謝しています。空港のタクシーはもちろん、メルセデスが多数でしたが、プリウスもかなり目立ちました。環境指向の表れでしょうか? 空港へは真空管の大コレクターである、ポツダムのA氏が迎えに来てくれました。A氏の運転するフォルクス・ワーゲンのバンに乗って移動する途中から、早くも床に転がっていた旧日本軍の通信機をネタに、真空管の議論が始まってしまいました。あちらでは、日本の真空管関連アイテムが珍しいのでしょう。

なぜか真空管コレクターはバナナの箱がお好き
なぜか真空管コレクターはバナナの箱がお好き

 最初の訪問場所はA氏の倉庫で、真空管を主体とした古物によるカオスとでもいうような驚くべき空間でした。薄暗い倉庫の中には古い木製の茶箪笥を大きくしたような収納棚が林立していて、引き出しを交互に開けて足場にしながら棚によじ登り、ほこりだらけになって夢中で真空管やメーター類を物色しました。なにしろ、真空管などのオーディオ機器だけでなく、ありとあらゆる種類のガラクタ(失礼)も混ざっていたので大変でした。そうした苦労の結果、バナナの箱にいっぱいの戦利品を手中に納めることができました。バナナに群がるお猿さんよろしく、真空管に夢中になる我々にはふさわしいパッケージなのかもしれません。RE604、AD1、AC2、RGN2004、RV258などの真空管と丸形メーターが主でした。

SIEMENS Ea (triode)
SIEMENS Ea (triode)

 A氏ご自慢のコレクションのひとつは SIEMENS の Ea でした。Da よりもかなり大きく、RV258 クラスの球に近い貫録です。Da と同じ構造の古典的な電極でありながら、最大プレート損失30ワット、内部抵抗 2.5 k オームと、ほれぼれするような真空管です。昼食を美しい庭園のあるレストランで食べながら、「売る気になったらぜひ、わたしに譲ってくれ」と、お願いしておきました。日本に Ea は無さそうですが(もし所有しておられたらお知らせください)、別の訪問地で Ea をもう1本見つけましたから、入手の見込みはあるかもしれません。残念ながら、そのもう1本はカソードとグリッドが接触していました。そのもう1本のEaは、整流管として動作させればエミッションは十分にあるそうなので、落としてぶつけたと思われる向きと反対側に衝撃を与えれば治るかもしれませんが、Daの電極を支えるガラス管がいとも簡単に折れることを知っているので、調整してみようとは思いません。WE274Aのナス管のように、軽くたたいて好きな向きに簡単に電極を曲げられるアバウトな作りだと楽なのですが。。。

ABC などとキーを押すだけで暗号化される ENIGMA 暗号機
ABC などとキーを押すだけで暗号化される ENIGMA 暗号機

 A氏の自宅も大変な状況で、洋の東西を問わずコレクターの家は同じようなものだ、ということが理解できました。あちこちに雑多な品々がぞんざいに置かれていて、それらのどれもが写真のエニグマのごとき貴重な骨董品だったのです。Uボートにも搭載され、最後はイギリスの天才学者チューリングによって解読されたエニグマ暗号機は、わたしのような計算機屋にとって特別な存在であるだけでなく、主要部品であるロータリースイッチが、スピーカーで有名なコンスキ&クリューガー製であることから、ドイツのヴィンティージ・オーディオ愛好家にとっても興味を引かれるメカなのです。コンスキ&クリューガーは1940年代にベルリンで活躍した電機メーカーで、共同設立者のカール・クリューガーが元クラングフィルムの(社外)エンジニアだったことから、スピーカーの分野でも優れた足跡を残しています。

TELEFUNKEN RE604 Tiptop
TELEFUNKEN RE604 Tiptop

 もうひとつの珍管はチップトップの RE604 です。これも実物を見るのは初めてでした。残念ながらベースは失われていましたが、エミッションは完璧だそうです。こちらのほうが Ea より入手の可能性は高そうな話しでした。日本で入手なRE604で最も古いものは、このトチップトップのすぐ後の世代と思われるナス管です。それとチップトップを比較すると、内部のプレートなどの構造はよく似ているので、音は大差ないのではないかと思います。ほかにも1910年代、20年代の原初の真空管が多量にありましたが、もはやオーディオ用の範ちゅうを越えた真空管博物館の世界ですので、わたしは、ただただ圧倒されるばかりでした。

ポツダムの宮殿にある池
ポツダムの宮殿にある池

 A氏の自宅はフリードリッヒ2世ゆかりの宮殿地帯に隣接していて、庭の奥の森は宮殿の森につながっているという、じつにうらやましいロケーションでした。第3代のプロイセン王であったフリードリッヒ2世は戦争に明け暮れるいっぽう、音楽を愛し、大バッハの次男を召し抱えていました。そして、ご存知のように、大バッハの訪問に際して即興演奏のテーマを与え、それによって「音楽の捧げもの」が生まれました。時代はくだって、第9代のプロイセン王であったヴィルヘルム2世の命令によって、ジーメンスとAEGが折半で1903年にテレフンケン社を設立しました。このように音楽と真空管に深いつながりのある庭園をひとしきり散歩した後は、A氏の自宅の庭のピクニックテーブルにチューブチェッカーと多量の真空管をならべ、高緯度の遅い日没までのあいだ真空管の試験作業を延々と続けたのでした。

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