音響レンズでコアキシャルスピーカーを作る

SIEMENS(シーメンス)の10インチコアキシャルスピーカー「鉄仮面」を分解した状態
SIEMENS(シーメンス)の10インチコアキシャルスピーカー「鉄仮面」を分解した状態

 そもそもこの音響レンズを作ろうと考えたのは、「鉄仮面」と呼ばれる SIEMENS(シーメンス)のコアキシャルスピーカーユニットを入手したからです。入手したときはすでに、めぼしいドイツ製フルレンジスピーカーをほとんど蒐集済みでした。「鉄仮面」は日本で多く販売されたものの、ドイツではあまり使われなかったために品薄で、コレクションの最後のほうになっていました。見た目が貧弱な「鉄仮面」にはあまり興味がなかったのですが、いざ聴いてみると感心させられました。なにを聴いても上品でまとまりが良く、少し物足りなさはあるものの、コーン型スピーカーにありがちな「音の暴れ」をほとんど感じませんでした。

 「ブルーフレーム」とか「レッドニップル」という愛称で有名な TELEFUNKEN(テレフンケン)の L6 や、KLANGFILM(クラングフィルム)の KL-L307 といった名機とされるフルレンジユニットは、「鉄仮面」よりもスケール感と聴き応えのある音を出しますが、常にコーン型スピーカーであるということを意識させられる癖のようなものを感じてしまいます。私もかつて ALTEC(アルテック)や GOODMAN(グッドマン)、LOWTHER(ローサー)といった米英のフルレンジユニットを使いましたが、同様な傾向があります。単純にツィーターを追加すれば高音は延びるものの、やかましさがあって「鉄仮面」のような音のまとまりは得られません。なにが「鉄仮面」の音を作っているのでしょうか?

TELEFUNKEN(テレフンケン)の10インチフルレンジL6とSIEMENSのツィーターによるコアキシャル
TELEFUNKEN(テレフンケン)の10インチフルレンジL6とSIEMENSのツィーターによるコアキシャル

 答えは音響レンズに決まっています。「鉄仮面」の由来である仮面のような鉄のカバーは、中央部分が2枚のプレスされた鉄板の重ね合わせになっていて、ツィーターの高音だけでなく、ウーファーとなるフルレンジユニット中央部分の音も拡散します。中心部分の音は障害物が無いのでそのまま出ますが、その周囲の音は曲げられて通り道が長くなるので遅れ、ちょうど凹レンズのようになります。実際に音響レンズを作って取り付けてみるとみると、コアキシャルにしなくても L6 や KL-L307 のようなフルレンジスピーカーからまとまりの良い音が出ました。そして、コアキシャルにしたばあいは、もっと大きな効果が期待できます。

L6でホワイトノイズ再生時の音圧の周波数分布(後面開放箱に取り付けて軸上1メートルで測定)
L6でホワイトノイズ再生時の音圧の周波数分布(後面開放箱に取り付けて軸上1メートルで測定)

 上のグラフはL6の周波数特性で、測定に用いた箱が小さいために100 Hz以下の低音が減衰しています。高音はグラフの左端から2番目にある中心周波数が16 kHzの棒まで十分なレスポンスがあって立派な特性ですので、測定と同じ軸上の至近距離で聴けば、十分な高音どころか少し過剰に感じるほどです。しかし、軸上から外れると高音は減衰してしまうので、広い立体角の平均では高音は不足しています。ですから、広い部屋で徐々に離れていけば、ちょうどバランスが取れるリスニング位置があるはずですが、日本の住宅事情では無理なばあいが多いと思います。

 そのためか、「フルレンジにツィーターを追加して2ウェイにしても、うまくいかない」という話をよく耳にします。2〜3メートルくらいの近距離で聴くと、ただでさえ過剰な軸上の高音が、ツィーターでさらにやかましくなってしまうケースが多いようです。ヴィンテージのばあい、フルレンジの高音をカットせず、コンデンサーでツィーターの低音をカットするだけの2ウェイ化が多いので、両方の高音が重畳してしまってなおさらです。

 そういうときこそ音響レンズです。同軸にしないばあいでも効果があり、やかましいからと音響レンズをご購入された方から、「実験の結果ツィーターはそのままでフルレンジのほうに音響レンズを付けて成功した」といいうご報告をいただいたこともあります。普通はツィーターに音響レンズを取り付けようとしますが、フルレンジの高音に問題がある場合が多く、そんなときは逆のパターンが有効です。

 コアキシャルでは音響レンズ1個で両方のユニットの音が拡散できるだけでなく、音が融け合って一つのユニットのようになるという効果もあるのでとても有利です。フルレンジに音響レンズを取り付け、ツィーターを天井に向けるというのも良い方法で、デッカのデコラやテレフンケンの O 85 モニターに似た雰囲気のステレオ感が味わえます。ツィーターの数を増やすと、より近い雰囲気になります。

SIEMENS(シーメンス)のツィーターの裏面処理とスペーサー用コルク製ガスケット
SIEMENS(シーメンス)のツィーターの裏面処理とスペーサー用コルク製ガスケット

 音響レンズでコアキシャルを作るには、上の写真のようにツィーターを中央で支えるための板を用います。写真では黒い鉄板製ですが、5.5〜12ミリくらいの合板(ベニヤ板)でも良いと思います。注意点は、ウーファーとなるフルレンジユニットのコーン紙の正面に来る支持棒をあまり太くしないことです(3センチ以内にしましょう)。写真の板は外形も円ですが、四角でも問題ありません。板に2つのユニットと音響レンズを取り付ければ、コアキシャルの出来あがりです。

 シングルコーンフルレンジとちがって、コアキシャルには複雑な分だけ音をチューニングする要素がたくさんあることも楽しみです。上の写真はツィーターを板に取り付けた状態の裏側です。SIEMENSのアルニコ磁石のツィーターを使っていて、その裏側にフェルトを貼り付けてあります。SIEMENSのコアキシャルにも同様な吸音処理がしてあり、上質な音にするための秘訣といえます。

 周囲のコルク製ガスケットは、ツィーターのお尻がL6のコーン紙にぶつからないようにするためのスペーサーです。このようにツィーター支持板にはある程度の厚みが必要なので、写真のような鉄板ではなく、ベニヤ板で十分です。ユニットはいろいろとあるので共通化できず、鉄板で2枚だけ作るとCAD入力などで高額になってしまうので、ベニヤ板で作れば良かったと反省しています。多少雑に作っても、板が音響レンズに隠れてしまうので気になりません。

L6で作ったコアキシャルを音響レンズ正面の斜め下から見た様子
L6で作ったコアキシャルを音響レンズ正面の斜め下から見た様子

 音響レンズは高音を広い角度に拡散させるだけで、量を減らしてしまうわけではありません。ですから、反射音の比重が大きい離れたリスニング位置では、音響レンズなしに比べてそれほど高音は減少しません。つまり、スピーカーからの距離や角度による高音のバランスの変化が小さくなるので、より自由なリスニングポジションで良い音を楽しむことができます。

 音響レンズを使えば好きなユニットを組み合わせて自分だけの「鉄仮面」を作ることができます。フェライト磁石の10W(「鉄仮面のウーファー」)よりも強力なL6やKL-L307、あるいはフィールド型フルレンジなどとヴィンテージツィーターを組み合わせて、SIEMENSのオリジナル以上のコアキシャルが作れます。今回作った「L6版鉄仮面」は、貸し出し中でなければ試聴可能です。私の耳にはSIEMENSの「鉄仮面」よりも中低音が充実しているように聴こえて物足りなさを感じませんし、シングルコーンフルレンジが苦手とするクラッシックのソプラノも楽しめます。

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